雑記

・薔薇十字(Rose Cross)の最上点には「風」、最下点には「地」、左点には「火」、右点には「水」が配分されている。エリファス・レヴィの「高等魔術の教理と祭儀」(1855-1856)教理篇・第4章においても同様の配置の記述がみられる。薔薇十字儀式では、先ず東南・西南・西北・東北の各々で所作を行い円を形成させ、次に東南・中央・西北の各々で所作を行って往復し、西南・中央・東北の各々で所作を行って往復して十字を形成させ、そして西南・西北・東北・東南の各々で所作を行い再び円を形成させて、中央に戻る様式をとっている。

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新約聖書の各書の原文はギリシア語であるが、原本は現存せずにあり、伝えられた多くの写本により、知り得る事が出来るものである。主禱文に関して、ギリシア語版 マタイ伝 第6章 9節~13節の記述( 09. οὕτως οὖν προσεύχεσθε ὑμεῖς Πάτερ ἡμῶν ὁ ἐν τοῖς οὐρανοῖς· Ἁγιασθήτω τὸ ὄνομά σου ·10. ἐλθέτω* ἡ βασιλεία σου· γενηθήτω τὸ θέλημά σου, ὡς ἐν οὐρανῷ καὶ ἐπὶ γῆς· 11. Τὸν ἄρτον ἡμῶν τὸν ἐπιούσιον δὸς ἡμῖν σήμερον 12. καὶ ἄφες ἡμῖν τὰ ὀφειλήματα ἡμῶν, ὡς καὶ ἡμεῖς ἀφήκαμεν τοῖς ὀφειλέταις ἡμῶν· 13. καὶ μὴ εἰσενέγκῃς ἡμᾶς εἰς πειρασμόν, ἀλλὰ ῥῦσαι ἡμᾶς ἀπὸ τοῦ πονηροῦ. ⧼Ὅτι σοῦ ἐστιν ἡ βασιλεία καὶ ἡ δύναμις καὶ ἡ δόξα εἰς τοὺς αἰῶνας. Ἀμήν⧽.) 欽定訳版(ジェームズ王版) マタイ伝 第6章 9節~13節の記述( 09. After this manner therefore pray ye: Our Father which art in heaven, Hallowed be thy name .10. Thy kingdom come. Thy will be done in earth, as it is in heaven. 11. Give us this day our daily bread .12. And forgive us our debts, as we forgive our debtors. 13. And lead us not into temptation, but deliver us from evil: For thine is the kingdom, and the power, and the glory, for ever. Amen.) 1611年刊のジェームズ1世のもとで英訳された欽定訳聖書(The Authorized Version of the Bible) では、ギリシア語版(写本)の末文も反映されている。しかしながら、1545年に始まったトリエント公会議においてラテン語聖書の公式版として定められたウルガータ(Vulgata)では、末文が反映されていない。尚、ラテン語訳の聖書には、エウセビウス・ヒエロニムスによってギリシア語ヘブライ語から翻訳された古ラテン語訳と呼ばれるものとウルガータの2種類がある。

キリスト教学の最初の地は、180年頃にストア学派の哲学者でもあったとされるキリスト教学者パンタイノスやアレクサンドリアのクレメンスによる神学校が設立されたアレキサンドリア(エジプト)とされ、新約聖書をエジプト人キリスト教徒の為にコプト語に翻訳されたのも、この地とされている。クレメンスの著書には、他宗教からキリスト教に転向を求める「ギリシア人への勧め」(「勧告」と呼ばれる事もある)や、改宗者にキリスト教徒としての生き方を説く「教育者」、そして「ティトス・フラウィオス・クレメンスによる真の哲学に関する雑多な思索的(グノーシス的)覚書」(通称「ストロマンテイス」)がある。アレクサンドリアのクレメンスに先鞭をつけたのはパンタイノスであったが、後にクレメンスがパンタイノスから引き継いだ神学校は、誰にも門戸が開かれて、キリスト教への洗礼志願者および聖職者希望者に限らず、非キリスト教徒であっても学ぶ事が出来たとされている。講義においてはギリシア語で行われ、日常会話はコプト語が使用されたとみられ、講義内容は聖書だけでなく、現代で呼ぶところの科学・物理学・化学・数学・音楽・天文学・医学といった幅広い分野に渡り、非キリスト教徒はキリスト教徒の入門講座を受ける事が推薦されたものの、希望者は自由に講義を受ける事が出来たとされてる。

新約聖書 マタイ伝 第6章13節の祈禱文の末文は、歴代志・上 29章 10-11節からの出典とみられている。( BRVK AThH IHVH ALHI IShRAL ABINV MOVLM VOD OVLM / LK IHVH HGDLH VHGBVRH VHThPARTh VHNTzH VHHVD HMMLKH ※ヘブライ語表記にすべきだが、文体の事情からアルファベット表記) 「われらの父祖イスラエルの神、主よ貴方はとこわに誉むべき方」「主よ、栄えと、力と、美と、勝利と、威光は貴方のもの。王国も」

エリファス・レヴィ 「高等魔術の教理と祭儀」(1855-1856) 教理篇 第3章「ソロモンの三角形」より ※キリストは、その教義を書き記さず、彼の使徒達の中で唯一人のカバリスト、それも偉大なカバリストである愛弟子にだけ、それを密かに明かしたのである。つまり「黙示録」は「グノーシス」、つまり初期キリスト教徒の密かな教理の書であり、その教理の鍵は、ラテン語訳聖書が翻訳してないギリシア風儀式の中で司祭にしか唱える事が許されない、「主禱文」の密かな唱句に示されている。この全くカバラ的な唱句は「マタイ伝」のギリシア語原文と、そしてヘブライ語の何部かの写本に見出される。 ※カバラの教義の中では「ケテル」が、それが相当するが、ここで用いられている「マルクト」という神聖な言葉、そしてグノーシス派が「霊体アエオン」と呼んでいた天上圏の中に繰り返される「ゲブラ」と「ケセド」の平衡が、この隠秘的唱句の中でキリスト教神殿全体の要石の鍵を授けている。 ※「ゲブラ」と「ケセド」に支えられる「マルクト」は、とりもなおさずヤキンとボハスを「円柱」として持つソロモンの神殿である。すなわち一方ではアベルの諦観に、いま一方ではカインの苦行と呵責に支えられた「原人(アダム)」の教義である。

エリファス・レヴィ 「高等魔術の教理と祭儀」(1855-1856) 祭儀篇 第4章「四つのものを呼び出す咒文」より ※キリスト教によって採用された「十字架の印」は、ただ彼らキリスト教徒だけのものでは無い。カバラの教えにおいても用いられ、自然の諸力の対立と四つ組の均衡とを表している。本書「教理篇」の中で示した「主祈祷文」の秘教的詩句よりしても、もとは二通りの言い回しがあった事が伺える。一方は聖職者および修行を究めた人間の為だけに取っておかれ、もう一方は初心者および一般大衆に授けられたものである。

・ヴルガータ(Vulgata)ではラテン語に未訳のマタイ伝第6章13節の末文についてだが、改めて、欽定訳版の英訳文からラテン語に翻訳せずとも、エリファス・レヴィ 「高等魔術の教理と祭儀」祭儀篇 第4章において記述がある。’Tibi sunt Malkuth et Geburah et Chesed per aeonas'(御国と力と栄えは、永しえに通じて汝のものなればなり)ATH MLKVTh VGBVRH VGDVLH LOVLM AMN

ダイアン・フォーチュン 「神秘のカバラー」(1935)・第1章より ※太古より伝わる、このヘルブ人の神秘的伝統は、三種の文献をもっていた。『旧約聖書』として知られる『律法の書』と『預言者の書』、『タルムード』つまり『聖書』に関する学者的注釈の集成、それに「カバラー」つまり、それに関する神秘的注釈である。この三種について古代ラビは、『聖書』は伝統の肉体であり、『タルムード』は、その合理的な魂であり、「カバラー」は、その不死なる霊であると言っている。無知な人々は得をする為に『聖書』を読む。学者は『タルムード』を研究する。だが賢者は「カバラー」に則って瞑想するのである。奇妙な事だが、これまでキリスト教の聖書学者は『旧約聖書』を解く鍵を「カバラー」の中に探求した事は一度もなかった。 ※「われわれの主」キリストの時代、パレスティナには宗教上、三つの宗派があった。パリサイ人とサドカイ人については『福音書』の中で幾度も論じられているが、エッセネ派に関して、ほとんど出てこない。秘教的伝統によれば、ヨセフの子イエスが12才の時(ルカ伝・第2章)、エルサレムの「神殿」で質問したとき、それを聞いた博学な律法学者達はイエスの神童ぶりを認めて、死海の近くにあるエッセネ派の宗団に彼を遣わしたという。イスラエルの神秘的伝統の中で訓練を受けさせる為である。イエスは、そこに30才まで逗まり、伝道を始める前、ヨルダン川で洗礼を受ける為にヨハネのところに行った。いずれにしても「主祷文」(マタイ伝第6章9節-13節)の最後の言葉は、全く「カバラー」体系そのものである。「マルクト」「ホド」「ネツァク」は「生命の樹」の基礎となる三角形であり、その中心は「イエソド」である。この祈りを作った人は、誰であれ「カバラー」を知っていたのである。

キリスト教の主教・司祭が信徒を祝福する際、十字が画かれるが、カトリック教会・ギリシア正教会とも共通して片手で画く際は、主教・司祭から見て上・下・左・右の順に空中に十字を画き、相対する者を祝福する。信徒が十字を画く場合においては、カトリック教会とギリシア正教会では左右の画く動きが逆となるが、十字架を示した信仰表明の意味である点は、教派を越えて共通する。公的な場において、むやみに信徒が信徒を祝福する事は控えられるが、極めて親しい信徒同士(夫婦・家族等)では(あくまで私的な領域で)十字を互いに画いて祝福する事もある様である。初期キリスト教の論述「ディダケー」7章やユスティノスの「第一弁明」61章によれば、洗礼の際に三位の名によって式を行ったと記され、洗礼の際に十字架の印を画く習慣は2世紀頃からで、司祭が祝福する際に十字架の画く様になったのは4世紀頃からであり、自らの額から胸に垂直に降ろし、次いで、手を両肩に水平に動かして十字架の形を印す様式は五世紀頃からとみられている。もとは、右肩から左肩の順で画く様式を西方教会もとっていた様だが、次第に左肩から右肩の順に移行したとみられる。

・かつて、数学的に証明された事は、議論の余地はなく永遠不変の真理であり、数学を基盤にし、証明を積み重ねていけば、いつかは、世界の全ての問題を解決する理論体系に到達できるのではないかと信じられていたが、クルト・ゲーデルは数学理論は不完全であり、決して完全にはなりえない事を数学的に証明している。「1・ある矛盾の無い理論体系の中に、肯定も否定もできない証明不可能な命題が、必ず存在する。」「2・ある理論体系に矛盾が無いとしても、その理論体系は自分自身に矛盾が無い事を、その理論体系の中で証明は出来ない。」完全無欠に見える数学理論の中にも「真とも偽とも決められない命題」「証明も反証もできない命題」が含まれている事を意味しており、そして、数学理論が「自らの理論体系は完璧に正しい」と証明する事が、そもそも不可能である事を証明したのである。論理的(数学的な)に突き詰めていけば、どんな問題についても真偽の判定が出来て、それを積み重ねていけば、いつかは真理に辿り着けるという考えは間違いであり、どんな理論体系(数学的な)にも、証明不可能な命題が必ず存在しており、その理論体系に矛盾がない事を、その理論体系の中で決して証明する事は出来ずにあり、自身で完結する理論体系は構造的にはありえない。何かしらの判別が、その理論体系内において出来ない事は少なからずあるものである。

・通常、「知っている」事の内容は明確な形を伴う。分からない事を「知っている」とは謂わない。では、「何かは知らないが、知らない事が在る事を知っている。」場合は、どうであろうか?この場合、知らない事であっても「何かしらの形」を与える事が求められるであろうし、言葉や寓象は、誰かしらが知っていなければ、通常は音や形のままであって、その伝達の役割を果たせず、誰かしらが知っている事に託さなければ、表現の俎上に載せる事も困難であって、この「誰か」が特定のものであったならば、多くにとって、秘密に満ちた隠されし意味を帯びる事となる。伝えられし言葉や寓象には、表層的な意味の向こう側に隠された意味が複雑に存在する事があり、加えて、それらが単体だけに収まらず、複雑に組み合わさる事で、更なる意味が潜む事とてあるものである。例えば、何か、ある藝術作品に接した際に、作品そのままから伝わる直接的な感動とか印象等よりも、その作品に関する第ニ義的な、謂わば知識と称されるものの方を、より重要なものだと捉えて、枝葉的な知識とか解説無しには、本当の鑑賞はあり得ないものだと考えたり、あるいは、如何に自身が作品から直接的に強烈な印象なり感動を受けたとしても、これを決して最終的な価値判断の尺度とする事は無く、より権威があると考えられる他者の意見、謂わば定評を頼ろうとする態度を無自覚な習慣の如く続けるならば、豊かに隠された潜む存在の気配を察する事など困難である。

 

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