雑記

文化人類学ジェームズ・フレイザーは、古典や民族誌資料を広く渉猟し、人類の知的発展課程における思考的特徴として共感法則(類似の法則、感染の法則あるいは接触の法則)を定義した。共感法則とは「接触したもの同士には、何らかの相互作用がある」と考える思考的傾向の事であり、更に2つに大類されている。類似の法則とは、「あるものが行動すれば似たものも同様の事をする、何かに起こる事は似たものにも起こる、似たもの同士は性質を共有する」といった「似たものには何らかの関係がある」と考える傾向の事である。感染の法則あるいは接触の法則とは「以前は一つであったもの、互いに接触していたものには、離れた後も繋がりが存在しており、片方に起こったことは他方にも影響を与える」と考える傾向の事である。これらは、実際に物理的事実関係が伴わずとも、観察者が「その様に」認識する傾向にあるという事であり、現状においても多く見出される特徴である。

・アンモニオス・サッカス(Ammōnios Sakkas)。アレクサンドリア港で荷役をしていた事から、担いだ麻袋(Sakkas)の名が付けられた。アンモニオスはテオディダクトスと呼ばれもしたが、アンモニオス自身はフィロレシアンだと称しており、弟子にはプロティノスやオリゲネスらがいた。アンモニオス自身は著書を遺していない。アンモニオスの扱いについて、1875年に神秘主義者H.P.ブラヴァツキーが神智学協会の創設の際に神智学の祖として祭り上げてしまい、アンモニオスの生涯や思想を巡って様々な憶測が生まれてしまい、疑似宗教的な観念や、アンモニオスの思想を上辺だけなぞった様な発想が、なんら裏付けも無いままにアンモニオス本人と結びつけられてしまう結果を招いた。

・ドイツのルドルフ2世の宮廷医であったアンセルムス・デ・ブート(1609年)は、貴石について所持する事で得られる効果について著書で述べていたが、現代の科学における認識において多くは妥当性が得られていない。記述によれば、効果が肯定的に捉えられていた当時においても迷信・偽りが多かった事が読み取れる。著書において、この点についても述べている。「しかしながら、宝石が持っていない多くの効力まで宝石のものだと誤って認識されている事には注意していく必要がある。」科学における妥当性を得る必要ある分野に限らず、そうでは無い分野においても、宝石や準宝石から何らかの効果を期待するならば、アンセルムス・デ・ブートの一文を踏まえて、由来や経緯の詳細を確かめてから取扱いを考えるべきだろう。

・第3代イスラエル王であったソロモンがその英知をもって悪しき精霊を支配していたという話が、紀元前3世紀頃、ヘレニズム期のユダヤ人の間で流布していたとみられる。1世紀、ユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフの証言では、同時代のウェシパシアヌス帝の頃にユダヤ人のエレアーザルが所有して用いたとしている。1350年に教皇イノセンス6世による令でローマ異端審問所で焚書扱いとされる。ソロモン王の名が付く写本による魔法書群は数多く流布され、その内容は多様であり混在がみられ一定していなかったとみられる。流布した写本には東方起源の信仰やヘレニズムの占星術やジプシーの民俗的要素などが含まれていたとしている。それらが17世紀中葉には刊本による流布されて、19世紀末にサミュエル・リデル・マグレガー・メーザースが大英博物館所蔵のフランス・イタリア・ラテン語等の7種類の写本から再構成して英語版を作成し復刻した。サミュエル・リデル・マグレガー・メーザースにより、多く知られる事になった魔法書として、他にはアブラメリンが挙げられる。術士アブラメリンの聖なる魔術の書(The Book of the Sacred Magic of Abramelin the Mage)は、善しき悪しき精霊を使役する方法を記した書であり、原題はドイツ語でアブラメリンの書(Buch Abramelin)、或いは単に「アブラメリン」とも略称される。マグレガー・メイザースが、1893年にパリのアルスナル図書館に眠っていた、18世紀のフランス語訳写本を英訳して1897年に出版した事で知られる。アブラメリンの著者は14世紀から15世紀のドイツに住んでいたユダヤ人Abraham von Wormsが、エジプトでAbramelinと名乗る人物から伝えられたもので、Abraham von Wormsが、息子のLamechに宛てた書簡という体裁で綴られる。現段階においては、18世紀フランス語訳写本の他に、17世紀と18世紀の複数のドイツ語版と、18世紀のヘブライ語訳の存在が確認されており、元々はドイツ語で書かれたものと推測されている。第1の書では、著者が修得した経緯や概要等、第2の書では、実際の修得方法、第3の書では、数多くの魔方陣が紹介されている。

・ソロモン王の魔法書群。「The key of solomon the king ソロモン王の大きな鍵(「大きな」を省略されて「鍵」とする場合がある)」1889年にマサースによって出版されたソロモン王の鍵 (The Key of Solomon the King) は、マサースが大英博物館(現・大英図書館)所蔵の複数の手稿本を基に再編した英訳版「ソロモンの鍵」。「ソロモンの鍵」には複数の版が存在して、複数の翻訳があり、些細な異同もあれば顕著な相違もある。原本は14・15世紀のラテン語版かイタリア語版であろうと見られている。現存する写本のほとんどは16世紀末か17・18世紀のもの。本書と密接に関連した15世紀のものと推定されるギリシア語の古い手稿(ハーリーアン写本5596)も存在する模様。フランス語写本があるが、1641年に遡る一点を除き、すべて18世紀以降のもの。ギリシア語写本では「ソロモンの魔術論」と称されており、内容は「ソロモンの鍵」と類似、イタリア語版やラテン語版の元になった原典である可能性があるとみられている。ヘブライ語版の写本は2点残存する模様で大英図書館に保管。オリエンタル・コレクションの羊皮紙文書(写本6360,14759) ラテン語版かイタリア語版の「ソロモンの鍵」の後代の改作とみられている。16世紀のものとされたが17・18世紀のものであるとみられてる。「Lemegeton Clavicula Salomonis レメゲトン」。レメゲトンは、Lesser Key of Solomon ソロモンの小さな鍵とも呼ばれる。ソロモン王の鎖骨とも訳されるが、Claviculaを「鎖骨」の意味に取った解釈。5部構成だが、各々が別個に成立した後に合本されたものとみられ、相互の関連は薄い。「Goetia ゴエティア」。ソロモン王が使役したとされる悪しき精霊の性質や使役方法を述べた書。Goetiaはギリシア語ゴエーテイアのラテン語形。16世紀の神聖ローマ帝国の医師ヨハン・ヴァイヤーによる「悪魔による眩惑について」の第五版補遺と、内容の多くが共通するとの指摘があるが、ゴエティアの成立時期が不明の為、何れかが基となったのかは現段階では不明。1904年にクロウリーによって出版されたThe Book of Goetia of Solomon the King(ソロモン王のゴエティアの書)は「レメゲトン」の第一部「ゴエティア」に、魔術に関する序説、召喚文のエノク語バージョン、アウゴエイデス勧請などを加えたもの。収録された「ゴエティア」はマサースが大英博物館所蔵の「レメゲトン」の英語写本から写したもので、黄金の夜明け団内で貸与されていた。クロウリーヘブライ語ラテン語、フランス語、英語の写本を比較対照して構成された英訳としているが、誤りであるとの指摘がある。アレイスター・クローリーが許可無く序文・註記・付記を加えてしまった事は留意すべきだろう。「Theurgia Goetia テウルギア・ゴエティア」。善悪双方の精霊の使役法を記した書。Theurgia とは、古代の新プラトン学派の神霊を勧請する祈祷等の儀式的実践であるテウルギアのラテン語形。Ars Paulina アルス・パウリナ。惑星時間を支配する精霊、黄道十二宮に宿る精霊や十二宮の中の惑星など、星に関する魔術についての書。善なる精霊のみを取り扱っている。なお Ars Paulina とは「聖パウロの術」の意味。ソロモン王のテウルギアの書 第一章とも呼ばれる。「Ars Almadel Salomonis アルス・アルマデル・サロモニス」。天の四つの高度と黄道十二宮を支配する大精霊についての書。善なる精霊のみを取り扱っている。アルマデル(Al-madel)というアラビア語ともみられるものの意味は明確では無い。ソロモン王のテウルギアの書 第二章とも呼ばれる。「Ars Nova アルス・ノウァ」。ソロモン王が神殿の祭壇で行っていた祈りの書とされ、魔術一般と聖なる知識について記されている。天使ミカエルが、稲妻とともにソロモン王に授けたという。また、ソロモン王はこれと同時に多くの神からの手記を受け取っており、これによって名高い智恵を得たという。Ars Nova とは「新しき術」の意。Ars Notoria「名高き術」、Ars Notaria「書記術」とも言う。

・ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルアレクサンドリアのフェロンを筆頭にカバラ派の哲学やグノーシス派の神学について舌鋒鋭く言及していた。「イエツイラア」はアキバ・ベン・ヨセフの著書とされ、フェロンの影響がみられエジプト的な教養の書であったとG・W・F・ヘーゲルは指摘して、カバラグノーシスはフェロンの思想体系に順じているとしている。「イエツイラア」の著者であるアキバ・ベン・ヨセフは、エルサレム滅亡のすぐ後の人物でユダヤ人20万による軍によるハドリアヌス帝への反攻に関与して処刑されている。「ゾハール」は、アキバの弟子であるシメオン・ベン・ヨハイによるものとされている。この2書は17世紀にラテン語に翻訳される。さらに「天国の門」の著者はイスラエル人のアブラハム・コーヘン・イリラであり、15世紀のものでアラビア哲学やスコラ哲学にもふれる。G・W・F・ヘーゲルは、初期のユダヤ民族には、神が光であり、その対極の闇や悪といった観念は無く、善の天使や悪の天使という観念や、悪人の没落や地獄行きの観念、最後の審判や肉の堕落といった観念も無かったと指摘していた。ユダヤの民が自分達の思想を現実に押し広げたり、様々な要素を受け入れたりした時期の動向を加味した方が良いかもしれない。

 ・後世に多くの影響を与えている黄金の夜明け団には2つの方向性があった事が指摘されている。1つ目は、マクガレー・メイザースの異教的なヘルメス思想に拠るスタンスであり、2つ目は、アーサー・エドワード・ウェイトによるキリスト教的な薔薇十字思想に拠るスタンスである。異教的なヘルメス思想に拠るスタンスでは、「自己を神と等しくしないならば、神を理解する事は出来ない」という表現が典型的に見られる様に参入者は「神」そのものに成ろうとし、キリスト教的な薔薇十字思想に拠るスタンスでは、キリスト教の始原への接近の仕方が境界を越えない範囲で行われる様に、「神」そのものに成る事を望まず「神」に接近しようとするものであり、その点において相違があるとされている。既存宗教の「神」の定義について考察するならば、神は世界の絶対的な意思決定者とされているが、この定義を満たすには、意思決定が反映される「意思決定の場」である世界とは、「非連続性」が保持されなければならず、しかも、その意思決定は談合の無い「独立性」が保持されなければならない事になる。この条件においては、意思決定者である「神」は複数ではなく単独となり、しかも意思決定の場である世界とは非連続性である為に、接触も図れないし成り代わる事も同体となる事も不可能であり、当然ながら非連続性内の人間との血縁という関係も生じる事が無い事になる。加えて「神」の意思決定の反映は絶対となる事から、最も抵抗が生じる事の無い合意形成を経る「促す」形式で行われる事となり、多くの抵抗が生じる命令形での意思決定の反映は用いられない事になる。その為、如何にマクガレー・メイザースの異教的なヘルメス思想に拠るスタンスであっても、如何にアーサー・エドワード・ウェイトによるキリスト教的な薔薇十字思想に拠るスタンスであっても、既存宗教の「神」の定義が正確なものであるとする限りは、論理的に熟考が求められるだろう。

・聖書「創世記」の解釈では、創造の第6日に神は自身を象って人間を創り出したとしているが、エリファス・レヴィは著書「魔術の歴史」(1859)において、アダム・カドモンは、神が創造の大海に自らを映して創ったとするゾーハルにおけるアダムの創造についての解釈について述べている。ゾハールの著者は、シメオン・ベン・ヨハイとされるが、イエツイラアよりも思想的にも発展しており、それより古いとは考えられず、新プラトン主義の影響も顕著であり、加えて文法上のミスもみられる事から、13世紀以前の著作とは考えられないとみられ、実際の著者としてはモーシェ・デ・レオン(1250-1305)が有力とされている。

・鏡に対して面対称な関係にある2つの像体は、回転移動や平行移動では完全に重ね合わせる事は出来ない。換言するならば、N次元の座標空間で合同ではあるが、特定の対称性(N+1)を持たない限りは、N次元の座標空間内での回転と並進だけでは、完全に重ね合わせる事は出来ない。例えば、1次元の座標空間である直線上に存在する■□と□■は、0次元の座標空間である点に対して対称であるが、2次元の座標平面上(N+1)で180度回転させない限りは、直線上で動いても完全に重なり合う事は無い。鏡に自身を写し視る時、鏡像の位置に自身を仮想的に移し置き、自身を水平方向に回転移動させて視ている為に、自身を写す鏡像が左右反転して視えるのであって、自身を写し視た鏡像(Reflected Image)に客観的性質があるわけでは無い。実際の鏡像は3次元の座標空間の像体の奥行き(前後)が反転された2次元の座標空間としての像体であり、それを視る自身が左右反転に捉えているのである。

・薔薇十字団の起源については不明な部分が多いが、多くに知られる様になったとされる時期は、ドイツ・カッセルにて匿名で出版された宣言文書「友愛団の名声」(1614年)と「友愛団の告白」(1615年)と同期であり、その後に出版された「化学の結婚」(1616年)と共にヨーロッパにおいて様々な影響を与えた。「友愛団の名声」の初版には、「世界の普遍的かつ全般的改革」と「アダム・ハーゼルマイヤーの返答」が合わせ綴じ込まれていた。マクシリミアン大公の公証人アダム・ハーゼルマイヤーが、呼びかけに応じた事により、イエズス会士に拘束されてガレー船に鎖で繋がれた事について序文で触れ、薔薇十字団員を「嘘偽り無きイエズス会士」と呼んでいた。(ローマ・カソリック修道会であるイエズス会は、ルターによる宗教改革の新勢力に対抗しようとした反宗教改革運動の動きとして位置づけられている。) その後に出版された「化学の結婚」なる文書に関わったとされるのは、ルター派の牧師であったヨーハン・ヴァレンティン・アンドレーとされており、背景にはチュービンゲン大学のグループが関与していたとみられてる。イギリスにおける薔薇十字運動の中心的な人物は、ロバート・フラッドであったとされ、薔薇十字思想のに対する批判的な論争が激しくなった1633年頃を境に「薔薇十字団」の名称は使用されなくなり、その後まもなく「メイソン」という言葉が登場する事になる。(1633年から1640年頃とみられる)近代フリーメイソンが正式に発足した時期は、1717年のロンドンにおけるグランド・ロッジの設立による。1723年にはフリーメイソン憲章の承認されて組織編制や制度が整えられるが、啓蒙主義の実践形態であるフリーメイソンとの思想的な親和性も含め、薔薇十字団の後継であろうとする見方が古くからあるが、表立って定かでは無いにしても、当時の教会による宗教的な人間像から抜け出し、真の意味における近代的な人間像が確立された啓蒙主義の時代の一助となっていたとみられる。少なくとも1750年代までには、メイソンでも一線を画していたスコットランド系のメイソン・ロッジで薔薇十字運動を受容する動きが見受けられ、1865年に、ドイツの薔薇十字団にやや類似した、マスター・メイソンに限定されてたメイソン系の薔薇十字団体である英国薔薇十字協会が設立されており、フリーメーソンが、薔薇十字運動について全くもって無関係であったとは言い切れない。

・エノク語を用いた魔術は「黄金の夜明け」でも用いられたが、第一団ではなく「ルビーの薔薇と金の十字架」団のアデプタス・マイナーの扱いとされていた。エノク魔術の詳細について言及する考えは無いが、表記・発音等と、これを用いる者には深い思慮が求められる。思慮する際には基礎となる資料に基づくべきである。識者によれば、16世紀後半以前にエノク語を用いた魔術が存在した物証は無く、イギリスのジョン・デイー氏に由来する点は疑いようがないとしている。エノク語の起源については未だ定かではなく、消失言語の1つとする諸説があり、飛躍的な言説も少なくは無いが、明らかになっている事は、ジョン・デイー氏(1527-1608)の「リベル・ロガス」について、1970年代に言語学のドナルド・レイコック氏(オーストリア)らにより詳細に分析した結果、一定の文法的構造が存在している事が確認されている。この分析に携わったコンピューターが専門のデイビッド・ラングフォード氏による「ジョン・ディー文書の解読」によれば、コンピューターによる演算解析の助けで判明したとしており、「リベル・ロガス」は断片的なものであり、判読可能な単語が、凡そ7000語あったとしており、少なくともジョン・デイー氏らによる創作言語である可能性は低いと考えられている。

・あらゆる音は周波数を持っており、人間が発する言語の発声も例外では無く、言語の発声(音)は各々で主に用いられる周波数帯(音域)は固有の特徴が見出されているが、これらが異なるのは子音の使用頻度が増すと見出される周波数(音域)は高くなる傾向となり、母音の使用頻度が増すと見出される周波数(音域)は低い傾向にある為による。詠唱などで言語の発音に重きを置く場合に旋律が求められる事があるが(念の為に注意しておきたいが、旋律が伴う詠唱と朗読では雲泥の差がある。)、用いられる言語の音域の高低に特徴が見出される事も把握しておくべきだろう。尚、人間の平均的な可聴領域は、各々の言語の主な周波数帯よりも広く、言語の識別難易度は別として数値的には差し支えは無い。 参考までに言語別の主な周波数帯(音域)は、日本語の場合は約125~1500Hzであり、日本の近隣のロシア語は125~8000Hzと広く、中国語はアメリカン・イングリッシュに比較的類似した数値であり、韓国語の周波数帯は日本語と類似しているが、若干範囲が広くなる。欧米の言語では、ブリティッシュ・イングリッシュは2000~12000Hzとなり、アメリカン・イングリッシュは1000~3000Hz強(もしくは4000Hz)であり、フランス語は125~250Hzおよび1000~2000Hzとなり、スペイン語は125~250Hzおよび1500~3000Hzとなり、イタリア語では2000~4000Hzとなり、ドイツ語は125~3000Hzとなる。ちなみに1939年にロンドン国際会議で決められた国際高度はA4で440Hzである。

 ・西洋思想において、頂点が上向きの『五芒星(pentagram)』は、頂点に「霊」、右上点に「水」、右下点に「火」、左下点に「地」、左上点に「風」が配され、4方向においては、東に「風」、南に「火」、西に「水」、北に「地」が配され、中央には「霊」が配される。五芒星と対の関係にあるとされる『六芒星(hexagram)』の場合では、最上点に「土星」、右上点に「木星」、右下点に「金星」、最下点に「月」、左下点に「水星」、左上点に「火星」が配され、中央に「太陽」が配され、4方向においては、東に「火」、南に「地」、西に「風」、北に「水」が配される。アリストテレス(紀元前384年ー紀元前322年)の考え方に従うならば、「火」は第一質料(prima materia)と「乾」「熱」の組み合わせであり、「風」は第一質料(prima materia)と「湿」「熱」の組み合わせであり、「水」は第一質料(prima materia)と「湿」「冷」の組み合わせであり、「地」は第一質料(prima materia)と「乾」「冷」の組み合わせとなる事から、『五芒星(pentagram)』と『六芒星(hexagram)』の対における4方向の共通項は、東に「熱」、南に「乾」、西に「湿」、北に「冷」が見出だせる。だが、共通項の組み合わせで考察すると、四大は東南に「火」、西北では「水」が成立するが、東北と西南では成立しない事になる。

・ヨーロッパ圏でゲーベル(Geber)の名で知られたアラビアの錬金術ジャービル・イブン・ハイヤーン(Abu Mūsā Jābir ibn Hayyān al azdi)は、魔方陣を用いた事でも知られており、3×3の魔方陣を用いて1,3,5,8の数と合計17に、魔方陣の合計45から17を差し引いた数である28を特別な数字としていたとされている。3×3の魔方陣は東洋思想では「洛書」の九宮図が知られているが、ジャービル・イブン・ハイヤーンが見做していた1,3,5,8の数は、九宮図においては東北部分に該当している。洛書についてだが、漢書「五行志」では劉歆の説として「虙羲(伏羲)氏は天を継ぎて王たり、河図を受け、則りてこれを畫く。八卦是れなり。禹は洪水を治め、洛書を賜る。法りてこれを陳す。洪範是れなり」としている。又、数の配列そのものは漢代には存在していたが、図象化されたのは宋代に至ってからであろうと見られている。

・改めて、四大を東南に「火」を、西北に「水」を配した条件において考察するならば、西北の「水」を成立させる西の「湿」と北の「冷」を入れ替えるか、或いは東南の「火」を成立させる東の「熱」と南の「乾」を入れ替えれば、東北と西南に「風」「地」もしくは「地」「風」が成立する事になるが、東洋思想における『五行大義』の一文においては『兵書に云ふ、陽は甲子に生じて戌亥に足らず。仍りて天門と爲す。陰は甲午に生じて辰巳に足らず。仍りて地戸と爲す。陽は甲寅に界して子丑に足らず。仍りて鬼門と爲す。陰は甲申に界して午未に足らず。仍りて人門と爲す。』としており、先に述べた東南と西北でのみ成立する事は興味深いものがある。

 

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