雑記

天元6年5月26日(983年7月14日。奥書きに歳次己卯とあり天元2年5月26日(979年6月28日)説もある)に安倍晴明占事略决にて「晴明は楓葉の枝が疎かで、核実を老後にあげようと思うけれど、吉凶の道は不可思議で聖跡を将来に遂げる事は難しい」と述懐を遺していた。

Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832)が遺した文書から「真理」との表現を用いた文章を知り得る範囲で抜粋を試みてみたい。

「誤りを認めるは、真理を見出すより遥かに容易である。誤りは表面にあるので片付け易い。真理は深い処に納まっているので、それを探る事は誰にでも出来る事では無い。」「真理と誤りが同一の源泉から発するのは不思議であるが確かである。それ故、誤りをぞんざいにしてはならぬ事が多い。それは同時に真理を傷つけるからである。」「誤りは真理に対して、睡眠が覚醒に対する関係にある。人が謝りから覚めて蘇った様に再び真理に向かうのを私は見た事がある。」「真理に対する愛は、至る処に善いものを見出し、これを尊ぶ事を知る点に現れる。」「真理は吾々の性質に逆らい、誤りは逆らわない。しかも、極めて簡単な理由によってである。即ち、真理は吾々が自身を限られたものとして認識すべき事を要求するに反し、誤りは、吾々が何らかの仕方で限られないものであるかの様に御世辞を言うからである。」「真理は人に属し、誤りは時代に属する。それ故、並外れた人について、次の様に言われる。"時代の幣風が彼の誤ちを引き起こした。しかし彼の精神力が、それを離脱させ、光栄を得させた。"」「若い良い頭脳が、他の人々によって既に認められた真理を認めると、それによって独創性を失うものの様に思うなら、それは凡そ誤りの最も愚劣なものである。」「古人が既に持っていた不充分な真理を探し出して、それをより以上に進める事は、学問において、極めて功多いものである。」「人間が真理の中に住み且つ行為する事を、神が目指していたのだったら、神は世界の作り方を変えねばならなかっただろう。」※Maximen und Reflexionen. 1809- 散文「格言と反省」

・「真理より偉大なものはありません。最小の真理でさえ偉大です。私は近頃、次の様な考えに思い当たりました。たとえ有害な真理でも、有害なのは、ほんの一時であって、やがては常に有用な、しかも大いに有用な他の真理に達するのです。その逆に、有用な誤りは、有用なのは、ほんの一時であって、一層有害な他の誤りに人を釣り込むものですから、有害です。」※1787年6月8日(ローマから) Charlotte von Stein. 1742-1827への手紙(1776年以来、親友にして愛人。1786年以後は冷却)

・「本で読んだ真理も、吾々は後で自身で考え出さなければなりません。頭の鉢の中に種子が一杯入ってますが、それに対して感情が初めて培養土と培養蜂の役をするのです。」※1798年 作家 Jean Paul 1763-1825 (J.P.Fr.Richter)への手紙

・「適切な真理を言うのに2通りの道がある。民衆にはいつも公然と、王公にはいつも秘密に言うものだ。」「誤りは吾々を決して去らない。だが、より高い要求が、努力する精神をたえず真理に静かに引き上げる。」※Vier Jahreszeiten. 1800 詩集「四季」秋の部

・「どんな事が真理とか寓話とか言って、数千巻の本に現れて来ようと、愛が楔の役をしなかったら、それは皆バベルの塔に過ぎない。」※Zahme Xenien. 1812-1832 詩集「温順なクセー二エン」第3集

 

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